思いついたので、実験がてら書いてみる。
・どちらも物語を盛り上げるためにある
物語の紹介文やら感想文やら、とにかく大衆作品が褒められる点でよくあげられている印象がありますね。
でもこれらを混同する場合は多いです。なぜなら共通点があります。何かと言うと、三つとも、読者を刺激するために存在しているということ。
なんでこの二つを混同しがちか、という話はひとまずおいておきます。
それでは早速これら二つの違いを、簡単な例を交えて紹介しましょう。
・布石
例)
('A`)「朝一番に出社だよーっと。ん、これは……」
('A`)「これは、かつらじゃないか。一体だれの」
数時間後
ξ´・ω・`)ξ「みんなおはよう。今日も仕事だよ」
('A`)「……課長、髪型がいつもと違くないですか」
ξ´・ω・`)ξ「ははは、なんのことだか……」
('A`)「実は今朝こんなものを拾いまして」
「かつらを拾ったこと」が、後の「課長がかつらだとばれる」展開への布石となっています。
御覧のように、これは別にテクニックというわけではありません。物語の展開の仕方の一種、続く展開を予想させるという手法です。
・伏線
例)
( ^ω^)「社内旅行で気球に乗ることになったお! 楽しみだお!」
( ´・ω・`)「すまない、高いところは苦手なんだ」
( ^ω^)「お、課長そうなのかお。それじゃ待機場で待っていてくれお」
( ´・ω・`)「ほっ」
数日後
ξ ´;ω;`)ξ「みんなすまない、私は実は……かつらを被っていたんだ」
(;^ω^)「な、なんだってー」
改めて、「高いところに行きたがらない」場面を読むと、強風に煽られてかつらが取れるのを恐れるために課長がそのような行動に出ているのだとわかります。
伏線は、言ってみれば「隠された布石」です。
作者からすれば、あの手この手で読者の布石に対する目を反らしているのです。なぜそのようなことをするかというと、こうすることで物語の裏にもう一つの筋書きを組み立てることになり、物語に深みを増すことができるからです。
しかし、この「隠された」という定義が曲者です。
はっきりいってしまえば、この定義は主観です。作者が隠したつもりでも、読者からはばればれなこともあります。
そもそも伏線だって、突き詰めれば布石を工夫したものにすぎません。伏線を指して布石と読んでも間違いとは言い切れないわけです。
さて、その伏線ですが、工夫の仕方次第でこんな活用方法もあります。
・ミスリード
例)
(;^ω^)「会社の中にかつらがあるのを見つけたお。一体だれのなんだお」
(;^ω^)「うむむ、今日のうちではわかんなかったお」
次の日
( ^ω^)「社内旅行で気球に乗るお」
( ´・ω・`)「高いところ嫌なのね。待ってるわ」
( ^ω^)「はいだお」
数分後、待機場
('A`)「あれ、課長高いところ苦手なんすかwwwwだっさwwww」
(;´・ω・`)「ぐぬぬ……」
数日後
(;A;)「すみません……そのかつら、俺のなんです」
(;^ω^) (;´・ω・`)「なんだってー」
まず、かつらという情報を先に出します。
その後、課長が高いところ怖いという場面を出し、読者に、「あれ、課長って実はかつらなんじゃ」という疑惑を抱かせます。
ところが、実際にかつらなのは(‘A`)
読み返してみると、「待機場で課長を罵倒している」→「(‘A`)も待機場にいる」→「こいつこそが強風でかつらが飛ぶのを恐れたんじゃないか」ということがわかる。
この、甘い伏線に本当の伏線を重ねる手法のことをミスリードといいます。
伏線を、より読者を騙すために発展させた仕掛けです。物語が深くなる上に、読者への刺激にもなり、面白いと思わせる起伏が生まれます。
・名前にこだわるとつらい
そんなこんなで、まとめたいと思います。
以上に述べた手法、どれもこれも、物語にメリハリをつける効果があります。隠された伏線が暴かれるのは当然楽しいだろうし、大きな布石でも、それがあまりに時間的間隔を開けて回収されたならば、人は面白いと感じます。謎解きは根本的に娯楽になりうるからです。
あと、書き逃していたけど、伏線を最後に作中で指摘するかどうかもどうでもいいことです。ミステリだと、ある程度はそれをしないとまずいです。謎のままでほっとかれても困ります。
隠して、お披露目する。簡単にいえばそれが伏線です。ばればれでも構わないです。気付いた人がすごいだけですから。
そんなわけで、布石も伏線も大差ない、ということで話は終わりです。
ただ、まあ、この短いコラムの例を思いつくのにも数時間かかったので、そう考えると楽しんでもらえたり凄いと思われた方がいいかな、と思ったり。
(湯呑)